少しは、怠け者になりましょう!
私たちが出会った景色・街の写真です。暇な人は見て、一息ついてくださいな!
兼六園&金沢城址編
兼六園は江戸時代の代表的な林泉回遊式庭園で、金沢城に面した傾斜地に五代藩主 綱紀が延宝4年(1676年)、別荘「蓮池御亭(れんちおちん)」を建て、その庭を蓮池庭と呼んだのが、始まりといわれています。
その後、十一代藩主 治修が“翠滝”・“夕顔亭”を造り、文政5年(1822年)十二代藩主 齊廣の時、千歳台に竹沢御殿が建てられました。曲水、七福神山などはその時の遺構です。
十三代藩主 齊泰は、竹沢御殿を取り壊し、霞ヶ池を拡張して蠑螺山えお築くなど御殿跡と蓮池庭との調和を図り、現在の大庭園を完成させました。
園名は、文政5年、「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望」の六勝を兼備することから、兼六園を命名されました。
2015年3月14日開業の北陸新幹線“かがやき”に乗りました!
・・・トンネルが多いなぁ〜。
雄大な江戸時代を代表する林泉回遊式大名庭園を一見の価値あり!
旭桜は山桜の一種で、幹周りが6m70cmも!
また、兼六園の梅林には、麻耶紅(左下)・白加賀(右下)・豊後・八重寒紅・青軸・緑萼などたくさんの種類があります。
梅林の景観もさることながら、4月に開花する「兼六園菊桜」も見てみたいものです!
金沢城址
金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と浅野川とに挟まれた小立野台地の先端に築かれた、戦国時代から江戸時代にかけての梯郭式の平山城である(かつて「尾山」と呼ばれたのもこの地形に因む)。櫓や門に見られる、白漆喰の壁にせん瓦を施した海鼠(なまこ)壁と屋
根に白い鉛瓦が葺かれた外観、櫓1重目や塀に付けられた唐破風や入母屋破風の出窓は、金沢城の建築の特徴である。
前田 利家公
本能寺の変後、柴田勝家に付くが、後に羽柴秀吉に臣従した。以後、豊臣家の宿老として秀吉の天下平定に従軍し、加賀国・越中国を与えられ加賀藩百万石の礎を築いた武将。
また、豊臣政権五大老に列せられ、豊臣秀頼の傅役(後見人)を任じられた。